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March 20, 2005

掌編小説 春散歩

陽気があたたかくなってきたので、散歩にでてみることにした。
冬の風が吹いて以来億劫だったので、かれこれ4ヶ月ぶりだ。
窓をあけると、調度良く遅咲きの紅梅の香りが流れてきた。手を伸ばしてこれにつかまり、そろりと上に乗る。梅の香はわたしの重み分少しだけ下がって、ゆったり流れる。

公園をゆるゆると抜け、山際を下って川のほうへ。

途中、年を召したご婦人が同じ香りに乗ってきた。ひょいと片手をかけて勢いでからだをひねり、ちょこんとわたしの隣に座った。川べりに住む妹に会いに行くのだと、お手製の草もちを見せてくれる。
ゆるゆる流れる中、最近はくらしのにおいで空気が濁るようになったから香りに乗ることも少なくなったとか、昔はみなちょっと出かけるにはこれに乗ったものだとか、梅の香は乗りやすいけれど桜は香をつかまえるのが難しいとかの世間話をする。
ご婦人が乗ってきたときと同じようにかろやかに下に降りると、香りはいよいよ上昇しだした。

上にいくに従って薄く細くなっていく香りに身を細めながら、町の風景を楽しむ。あちこちの庭先にも黄色や紫、紅など色とりどりの花が咲き乱れ、それぞれの香りを立ち上らせている。家の庭先でヒヤシンスの香りに乗った少年がわたしを見つけて片手をあげて挨拶してくる。こちらも手をふると、その反動で香りが少し向きを変えた。右手を振り、左手を振り、いきたい方向をなんとなく決めて、香りがそちらを向くのにまかせる。

川からそれて、町のはずれの方へ。
町のはずれから、山の方へ。
山から、もとの公園の方へ。

時に同じ梅の香をたぐりよせて結びつけながら、くるくるとまわるようにして町の上を散歩する。日も暮れかけた頃、香りがまた家のそばを通ったので、窓のそばまで両手を振って近づいて、窓に手をかけて香りを降りた。
長い間乗っていたからか、からだに少し梅の香がしみて、部屋の中もほんのり甘くなる。
甘くなる。

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